こんにちは
三苫の個別指導塾
烈志塾の井上です
テストが一段落……
と言いたいところですが
今月下旬からは
また次のテスト対策が始まります
生徒の皆さんも
なかなか休まる暇がなく
大変ではないでしょうか
さて
2学期もこの時期になってくると
どの学年でも重要な単元に
入ってきます
特に英語と数学については
この先の学習はもちろん
高校入試にもつながっていく内容が
多くなってきます
このあたりからは
「覚えていれば解ける」
「計算だけできれば解ける」
という問題ばかりではなくなってきます
これまでに習ったことを
組み合わせたり
なぜそうなるのかを考えたり
当然
「分からない……」
となることも増えてきます
塾で生徒の皆さんに問題を出すと
本当に一生懸命考えてくれます
これはとても良いことです
ただ、中には
完全に手が止まっているのに
ずっと同じ問題を
考え続けている子もいます
5分……
10分……
明らかに
何をしたらいいのか
分からなくなっているのですが
それでも
何とか自分で答えを出そうとします
烈志塾ではよく
問題を解くのは
できることを確認するだけではなく
分からないところを
見つけるためでもあるよ
という話をします
ですので
「ここまでは分かるけど
この先が分からない」
となったら
それは失敗ではありません
むしろ
とても大切なところを見つけた
ということです
ただ
まだこの考え方に慣れていない子は
「何か答えを書かないといけない」
と思ってしまうようです
その結果
分からないままずっと悩んだり
何となく数字を入れてみたり、
何となくそれらしい答えを
書いてみたりします
もちろん
最後まで粘って考えること自体は
悪いことではありません
考える時間はとても大切です
ただ
考えて分かることなのか
知らないから分からないのか
この違いは意識してほしい
と思っています
例えば
数学の問題で
習った知識をどう使えばいいのか
分からないのであれば
少し時間を使って
考えてみる価値があります
一方で
英単語の意味を知らない
社会の用語を知らない
公式そのものを忘れている
こういう場合は
いくら机の前で考えても
答えは出てきません
そんなときは
先生に質問する
教科書に戻る
以前のノートを見る
自分で調べる
こういった行動に
早く移ることが大切です
勉強が上手な子を見ていると
この切り替えが
とてもスムーズな印象があります
分からないことを
必要以上に恥ずかしがりません
「あ、ここ分からない」
と気がついたら
「じゃあ、どうしたら分かる?」
と次の行動に移ります
私は
「分からない」と
自分で認識できることは
とても素晴らしいこと
だと思っています
なぜなら
分からないと思うから
知ろうとすることができるからです
分からないと思うから
人に聞くことができます
分からないと思うから
もう一度調べることができます
そして、
分からないと思うから
より深く考えることもできます
逆に
「もう分かった」
と思った瞬間に
それ以上知ろうとする努力を
やめてしまうことがあります
これは勉強だけではないように思います
どんなことであっても
「本当に分かった」
というところまで理解しようと思えば
かなりの時間と労力が必要です
一度説明を聞いたから分かった
一度問題が解けたから分かった
それだけでは
まだ十分ではないこともたくさんあります
分からないところを見つけて
調べて
考えて
もう一度やってみる
それでも分からなければ
また質問する
そういったことを
何度も繰り返していく中で
少しずつ確実な学力に
なっていくのではないでしょうか
ですので
ご家庭でお子様の勉強を
見ているときにも
「なんでこんなことも分からないの?」
ではなく
もし可能であれば
今、分からないことに
気がつけて良かったね
と捉えてもらえたら
いいなと思います
分からないところが
見つかったということは
これからできるようになる場所が
見つかったということでもあります
そう考えると
「分からない」
という言葉の印象も
少し変わるのではないでしょうか
そしてこれは
将来社会に出てからも同じだと思います
大人になれば
分からないことなんて山ほどあります
私も毎日のようにあります(笑)
そのときに
「分からないから無理」
で止まるのではなく
分からない。
じゃあ、どうやったら分かるだろう?
と行動できるかどうか
子どもたちには
分からないことを恐れず
知るために行動する勇気
を持ってほしいなと思っています
「分からない」は、
決して悪いことではありません
むしろ
これから成長するための
最初の一歩なのではないでしょうか
